毎日一個だけで良いから、新しいことを学ぼう。
「迷惑があってはいけない」という言葉は日本でよく聞くことだし、 それ自体は良いことだと思う。 僕もすっかり引っ張られてそうなっていたけど、もう少し気楽な解釈に落ち着いた。 海外にいると、みんな思いのままに生きている。それで仮に迷惑がかかって、誰かを怒らせてしまったとしよう。 そんなとき、英語圏の人はこう言う人が結構いる。 ”Oh well, I learned something new today. Moving on.”(まあいっか。今日新しいことを学べたじゃない。次に進もう) 「学べた」ととらえると世界が変わる これは何回でも言っていくことだけど、 「失敗がなければ、学びはない」ーー。 「学校で教えてもらったことが学びになるではないか!」と言う人もいるかもしれない。 それは確かにそうだけど、身になっているだろうか? 教えられたことをツールに失敗や経験を積んで学びになり、習慣につながり、自分に落とし込まれていると思う。 だから、迷惑をかけてしまったときや間違えてしまったときは、 「しまった」と恥ずかしがるのもアリだ。 それをきっかけに自分を高められる武士道的な精神を持っている人はそれはそれでカッコいい。 少なくとも英語圏では「まあいっか。次、気をつければ。気がつけてよかった」と気楽に考えて気分よく生きている人もいる。 プロの格闘家くんの学び 築地で働いていた時、なりたてのプロの格闘家君が売り子をしていた。その男の子はいじられるのがとても嫌いで恥ずかしいらしい。 周りはそれはあまり良しとしていなくて、彼を無視することが増えていた。 でも今思えば、 「無視されるのが一番辛いんだよ。笑ってもらえることは幸せなことなんだよ。」ということを彼に教えたかった愛情なのかもしれないと今では思う。 そんな彼が悩んでいたとき、僕はこんなことを言ったことがある。 「ラッキーって思った方がいいんじゃない? いじられた?ラッキー。 試合で負けちゃった!もっと強くなれるきっかけができたわ、ラッキー」 何でもラッキーを足して解釈を変えることで、失敗が成功のプロセスになる。 嫌なことがあった。それを口にするのもいいんだけど、 じゃあ、せめて最後に「ラッキー」と語尾をあげてみれば、なんかふわっと気持ちが楽になる気がしてくる。 嫌なことがあった。最悪ではなく、 嫌なことがあった。ラッキー。...