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僕の英語の先生はアニメだった話。

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僕は8歳の時、神奈川県の横浜市からアメリカのサンフランシスコに引っ越した。 父が単身赴任でアメリカ入りしていて、家族一緒のほうが良いということになり、 母が仕事を辞め、アメリカに移住を決めた。 小学校2年生の夏休み、僕の生活は一変した。 長い夏休みの期間中、友達もいないなか、アルファベットを何度も書いて練習させられたのを覚えている。 英語が普通に扱えるようになるまで、それから2年ちょっと。 それまでは、かなりの地獄を味わった僕に英語を教えてくれたのは、アニメだった。 英語ができない、地獄の日々。 新年が始まる9月、学校では先生になにか言われてもまったく分からず困った。 初日のクラスでは、たまたま後ろの席が日本人だった。 彼が助けてくれたが、またクラスが変わるのでいつも日本人が通訳してくれるわけではない。 怖い先生も多い。言われてることが分からずもたついていると、問答無用でDetentionという罰則みたいなものをもらうこともあった。 日本でいう、バケツを持ちながら廊下に立たされるのと似ているのかもしれない。 ゴミ拾いなどをさせられたり、宿題が増えたりする。 先生に話しかけられるのを、びくびく怯えていた。 英語ができるようになったきっかけは、アニメ。 5年生になるまでは、かなり大変で周りがなにを言っているのかが分からない。 ストレス度はマックスだ。 放課後のアネックスという、課外活動のようなものにも親に入れられてしまい、小学生のわりには帰りも遅かった。 でもちょうど帰ってくると、ドラゴンボールとガンダムが英語で放映される。 どちらとも、日本で観ていたので内容を知っていた。それが英語になって地上波でやっていたのだ。 当時は今みたいな便利な環境ではなく、 父が家族の勉強のためにと字幕機を買っていて、英語や日本語の字幕が出せるようになっていた。 ドラゴンボールを観ていると、何度も観ているシーンが英語で話されるので、 少しずつ、「あーこういう時ってこう言えば良いのか」というのに気づき始めた。 毎日学校には行っているので、割とすぐ、そのフレーズを使う時が訪れる。 もしくは、周りが遣っていて、その音とアニメの音が一致するので反応できるようになる。 これが、英語ができるようになるきっかけであり、良い習慣が循環しはじめたスタートだった。 日本人の、日本語の学び方。 ここでちょっと考え...